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札幌高等裁判所 昭和51年(ネ)349号 判決

主文

1  控訴人(附帯被控訴人)の控訴を棄却する。

2  附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、一、六二八、九六一円及びこれに対する昭和四八年六月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用中、控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余は第一・二審(附帯控訴費用を含む)を通じて二分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、その余を控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

4  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という。)訴訟代理人は、「原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴について、附帯控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、「原判決中被控訴人敗訴の部分を取り消す。控訴人は被控訴人に対し、一、七六〇、〇八八円及びこれに対する昭和四八年六月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。第一審訴訟費用中被控訴人の負担とされた二分の一の部分及び附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに右金員の支払を命ずる部分及び訴訟費用の負担に関する部分に限り仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の主張は、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(証拠関係省略)

理由

一  被控訴人主張の請求の原因一項記載の事実及び二項中、控訴人が加害車を所有して自己のため運行の用に供していた事実は、当事者間に争いがない。したがつて、控訴人は、免責事由が認められない限り、本件事故によつて生じた損害について自賠法三条の規定に基づきこれを賠償する義務があるわけである。

二  そこで、控訴人主張の免責事由の有無及び過失相殺(抗弁一、二)について判断する。

前項の当事者間に争いのない事実及び原本の存在並びに成立ともに争いのない甲第一四号証の一ないし三、原審及び当審証人寺山宏良(ただし、当審証言中後記信用しない部分を除く。)、原審証人田村馨、同藤林ナヨの各証言を総合して考えると、次の事実を認めることができる。

寅次郎は、本件事故当日の午前六時四〇分ころ、浜益郡浜益村大字浜益所在の写真屋で失業保険申請手続に使用する写真を撮影するために自宅を出、国道二三一号線の道路左側を送毛方面から群別方面に向けて歩行していた。そのころ寺山宏良は、本件加害車を運転し、右国道左側を群別方面から送毛方面に向けて時速約三〇ないし三五キロメートルで進行し、本件事故現場に近付いた際、右前方約四一・六メートル付近の道路上を歩行して来る寅次郎を認めた。しかし寅次郎には特に危険を感じさせるような様子は見られなかつたので、格別同人の動静に注意をすることなく、前方路上の凹凸に注意を奪われながら右速度のまま約二五メートル進行したところ、とつぜん右加害車の右前方付近に人影(寅次郎)を認めた。ところが、次の瞬間、寅次郎は加害車の前方を右から左へ両手を上げて前かがみで小走りに道路中央に飛び出して来たので、寺山宏良は、ブレーキ及びハンドル操作によつて寅次郎との衝突を回避する余裕がなく、そのままの速度で右加害車前部を寅次郎に衝突させてしまい、転倒した同人を後輪の車軸にひつかけたまま約六・二〇メートル進行して停止した。本件事故現場付近の道路は、歩車道の区別のない幅員五・六メートルのほぼ平たんな砂利道であるが、現場付近に運転上気になるような凹凸があつたほか、見通しはよく、また付近には人家もなく、加害車の進行方向右手は荒地に続いて海、左手は山となつている非市街地で、特別の交通規制もない場所であつて、本件事故当時他に人車の通行はなかつた。寅次郎は、年齢六九歳の老人で、本件事故当時妻ナヨと同居し土工夫として稼働しながら生計を営んでいたが、本件事故当日に至るまで自殺することを窺わせるような状況は全くなく、かえつて、前記のように将来の生活のために失業保険金の支給を受けるべく準備をしていたものである。以上のとおり認めることができる。当審証人寺山宏良の証言及び甲第一四号証の一、三の記載中、以上の認定に反する部分はそのまま採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、本件事故は、寅次郎が本件加害車に向つて飛込自殺をはかつたことによつて生じたものと断定するわけにはいかず、他にこれを認めさせるに十分な証拠もない。そして、右認定の事実に基いて検討すると、本件事故は、寺山宏良の自動車運転者としての過失と寅次郎の歩行者としての過失とが競合して惹起されたと認めるのが相当である。すなわち、本件事故現場付近の道路状況は、前認定のように、非市街地で見通しもよく比較的平たんな道路で交通規制もない箇所であるが、あまり広くもない砂利道であるから、自動車運転者としては、すれちがう歩行者がいた場合にはその動静に充分に注意し、歩行者が思いがけない行動に出た場合でもこれに対応して臨機の処置をとることができるよう余裕をもつて運転する必要があり、そのためには、交通規制のないことに気を緩めることなく、対向の歩行者の動静に絶えず十分な注意をはらうとともに、速度の点においても漫然と進行することなく、緩急自在に運転すべき義務があるといわなければならない。しかるに寺山は、このような義務を尽くすことなく、右前方を歩行して来る寅次郎を発見した後、そのまま安全に通過できるものと軽信し、同人の動静に充分な注意をはらわず、かつ、漫然と時速三〇ないし三五キロメートルの速度を維持したまま進行して、直前の凹凸に気をとられている間に寅次郎が道路中央に飛び出して来たため、臨機の措置をとることができず、同人に衝突させてしまつたのであつて、この点に寺山の過失ありといわざるをえない。一方、歩行者は、道路を横断する場合、車両の直前又は直後で横断してはならないことは法の規定(道路交通法第一三条)をまつまでもなく当然の事理であり、また一般的に道路横断の場合には、田舎道であつても左右の安全を確認すべきであるにもかかわらず、寅次郎は右義務を怠り、対向して来る右加害車の動静を充分注視することなく、至近距離に至つてとつぜん道路中央に歩み出たものであつて、これは同人の過失といわなければならない。したがつて、本件事故は、自動車運転者たる寺山の過失と歩行者たる寅次郎の過失とが競合して発生したものというべきである。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の抗弁一は理由がなく、控訴人は本件事故によつて生じた後記損害を賠償する義務を負うべきものであることが明らかであるが、寅次郎と寺山宏良の右過失の割合は、前認定の経緯からみて、寅次郎が六、寺山が四の割合と認めるのが相当である。

三  損害

(一)  治療関係費 二、三五四円

成立に争いのない甲第九号証によると、本件事故による寅次郎の治療関係費として右金員を支出したことが認められる。

(二)  逸失利益 九〇七、四九三円

成立に争いのない甲第一一号証、原審証人藤林ナヨの証言によると、寅次郎は、本件事故当時六九歳の健康な男子であつて、六〇歳ころから本件事故当時まで土工夫として稼働してきたものであり、昭和四五年一カ年間における右労務による収入は四一五、九〇〇円であつたことが認められる。

昭和五〇年度の簡易生命表によれば、六九歳の男子の平均余命は、一一・一五年であることは当裁判所に明らかなところであり、右認定の寅次郎の健康状態からみて、同人は少なくとも今後五年間は、なお同様の土工夫として稼働し、収入を得ることができたものと認めるのが相当である。そして同人は、死亡当時妻藤林ナヨと二人で生活し、二人の生活費は殆んど妻ナヨが負担し、寅次郎の収入は自己の小遣として使つていたことが証人藤林ナヨの証言によつて認められるが、これらの事実を参酌すれば、同人の必要生計費としては収入の五割を計上するのが相当と考えられる。よつて、本件における同人の逸失利益の現価は、四一五、九〇〇円の五割に対し、年五分のホフマン複式年別法による係数四・三六四を乗じた九〇七、四九三円(円未満切捨て。以下同じ。)となる。

(三)  慰藉料 三、〇〇〇、〇〇〇円

本件にあらわれた一切の事情(ただし、寅次郎の過失の点は除く。)を斟酌すれば、寅次郎の被つた精神的苦痛を慰藉すべき金額は三、〇〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。

(四)  葬儀費用 二七三、八二五円

成立に争いのない甲第一〇号証及び弁論の全趣旨を総合すると、寅次郎の葬儀費用として合計二七三、八二五円を要し、これを同人の妻ナヨ及び後記四名の子が分担支出したことが認められるが、この費用もまた本件事故による損害と認めるのが相当である。

(五)  過失相殺、損害のてん補及び相続

寅次郎には相続人として、妻ナヨのほか、房夫、房美、正己、九里子の四名の子があること、右相続人らは本件事故による損害の賠償として既に四四、五〇七円の支払いを受けていることは、当事者間に争いがない。そこで右相続人らは、右認定の(一)ないし(三)の損害の合計額につき前記の割合で過失相殺した損害賠償請求権及び右(四)の損害につき前記割合で過失相殺した損害賠償請求権の合計額から、すでに損害のてん補を受けた四四、五〇七円を差し引いた一、六二八、九六一円について、それぞれ法定の相続分に応じて寅次郎の右損害賠償請求権を相続したことになる。そして、その額は、藤林ナヨが五四二、九八七円、同房夫、同房美、同正己、同九里子が各二七一、四九三円となる。

四 被控訴人主張の請求の原因四1、2の事実は当事者間に争いがないから、被控訴人は、自賠法第七六条第一項の規定により、藤林ナヨらが控訴人に対して有する前記過失相殺により減額された損害賠償請求権一、六二八、九六一円の限度において、右債権を取得したというべきであり、したがつて控訴人に対し、右金員及びこれに対する損害をてん補した日の翌日である昭和四八年六月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払を求め得るというべきである。

五 次に、控訴人の消滅時効の抗弁及び被控訴人の時効中断の再抗弁に対する当裁判所の判断は、原裁判所のそれと同じであるから、原判決書の理由欄五項の記載(原判決書一〇枚目裏一三行目から一一枚目裏末行まで)をここに引用する。

六 以上によれば、被控訴人の本訴請求中、理由ありとすべき一、六二八、九六一円の範囲内でこれを認容した原判決に対する控訴人の本件控訴は、結局理由がないことになるから、本件控訴は棄却することとし、被控訴人の附帯控訴は、結局右認定額と原判決の認容額一、二一〇、五九四円との差額の部分について理由があることになり、原判決をその限度で変更すべきことになる。そこでこの趣旨で原判決を一部変更し、右認定額をこえる被控訴人のその余の請求を棄却することとし、訴訟費用(附帯控訴費用を含む。)の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条を仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

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